Rekai

タクさんを初めて知ったのは、もう20年近くも前になります。

わたしはまだほんの子供で、バンド界隈の世界にも入りたて、ぴよぴよしながら楽屋の隅で挙動不審に陥っているのが常な頃でした。

ステージを終えて楽屋に戻ってきたタクさん御一行を見て(当時のバンド名は忘れましたが、完全パンクマニュアルの架神恭介君が居ましたので、勿論)完全にヤバい悪ノリ集団だ、と思ったのが、第一印象です。

メンバーは体中ガムテープでぐるぐる巻き、ステージは何をやったのか知らないけれど大量の髪の毛だらけ(おそらく散髪)、何故か着ていたTシャツがライブ後にビリビリに裂けていたギターのひと。
それがタクさんでした。

他の対バンのお兄さん達も、あの人たちはやばいからね、特にあのギターの藤宮って人が中心だから、関わらない方が良いからね、と教えてくれたので、身も心も思いきり距離を取ったことを覚えています。

それから半年ほどが過ぎ、友人に連れられて行ったはじめてのビッグサイト、はじめてのデザインフェスタ。可愛い手作り小物でも見てキラキラした時間を過ごそうと浮き足立っていたわたしの目に、くっきりと周囲から浮き出た、血まみれの白衣を着た禍々しい集団のブースが飛び込んできました。
「げっ、なにあの人達、気持ち悪い」
そう思ったわたしは、そのブースからかなりの膨らみを持って避けて通り、足早に通り過ぎようとしました。
その時です。
血まみれブースから顔面まで血に塗れた、血の部分以外は青い顔のお兄さんが思いきり身を乗り出し、「おーい、リカちゃーん(当時の芸名)」とわたしを呼び止めたのです。
大いにビクッとしておそるおそる振り返ると、そしてよくよく見ると、それは、タクさんでした(顔が青いのは自前でした)。
げげげ、知り合いだった、しかもあの、やばいと話題の藤宮さんだった、と思いながら二言三言会話をし、そそくさとその場を後にしました。一緒にいた友人には、あの人たちは何でもないのと、よく分からない言い訳をしてしまいました。

それから更に数年が過ぎ、
わたしの当時組んでいたバンドが解散し、次の活動予定もこれといって無く、シンプルに音大生として、クラシックだけを歌う日々がやってきていました。

よく考えたら、わたしにはバンドなんて派手な世界は向いていない、こうやって、地味だけれどこつこつと楽譜と向き合って、地道に研究する毎日こそ、自分には合っているのだ。
そう思いかけた矢先の事でした。
殆ど放置していた、以前のバンドのメールアドレスに、タクさんからメールが届いていたのです。

メッセージのタイトルは「真剣に解散を考えています。」。

そうなのか、解散するのか、ラストライブはさすがに観に行くべきかななどと思いを巡らせながら本文を開くと、

「真剣に解散を考えている。」という名前のバンドを始動する旨が書かれていました。やはり悪ノリの人、こういうノリまじで面倒臭いわーと思いながら読み進めていくと、さらにもうひとつ、他のプロジェクトをベースと2人で始めるので、そこにサポートボーカルとして加わって欲しいという依頼も含まれている事に気が付きました。それが後のUM-アム-となるプロジェクト、アムの解散でした。

わたしは大いに迷いました。何せ相手はあの藤宮タクです。何がやばいのかはっきりは掴めないのに確かに何かがやばい、藤宮タクです。

一週間程ぐるぐると思い巡らせた挙句、段々と悩むのも面倒臭くなり、結局わたしは、比較的軽い気持ちで、依頼をを引き受ける事にしました。
サポートボーカルであるのだし、機動力向上の都合から、ひとりしか正式メンバーは採らない旨聞いたという事もあり、正式メンバーにはベースの人が既に決まっていましたから、そこまで気負わなくて良いだろうと。

しかしそこで、しっかりと気負うべきだったのです。ベースの人は最初の3ヶ月程で鬱々としはじめ、俺は芸人になると突然言ったのを最後にスタジオに来なくなり、脱退してしまったのです。玉突き式に正式メンバーになったわたしは、あれよあれよとライブを重ね、あれよあれよと場数を踏んでいくことになったのです。

そうやって時間が経つうちにわたしは、
こうなったらもう腹を決めて、と思うようになりました。
こうなったらもう腹を決めて、この藤宮さんというひとと一緒に音楽をやっていこう、そして出来るだけ、今よりもこのアムを、わたしのやりたい音楽性に引っ張っていこう。そんな野望も芽生え始めたのです。
けれどもまさか、同じような野望を、タクさんも持っていたなんて。

それから解散まで、お互いの行きたい音楽の方へお互いをひたすら引っ張り合い、2人で半々に作っていたアムの楽曲は、ファンが綺麗に真っ二つに別れ、わたしもタクさんも殆ど譲らないまま、気が付けば12年近い月日が流れてしまっていました。
活動11年半目の春、いよいよタクさんから解散しようと告げられた時の、その理由はまさに、音楽性の違い。10年以上も一緒に活動しておいて、まさか音楽性の違いで解散することになるなんて。

こんなふうに書いておいてあれですけど、タクさんと12年間、音楽のぶつけ合い、楽しかったです。わたしは。

切磋琢磨ってきっと、こういうことだったのよね。と思うのです。